昨日は「国際女性デー」
午後は明治学院大学で開催された「第2回 性売買問題を考えるシンポジウム」に参加しました。
「暴力を供する社会は人権を守れない」
韓国のシンパク・ジニョンさんのこの言葉が、深く胸に刺さっています。
韓国、ドイツ、スウェーデン、そして日本の現状を通して、性売買という問題がいかに「共同体の姿」を形作るのかを深く学びました。
■ スウェーデン(1999年〜):
世界で初めて「買う側を処罰し、売る側を保護する」法律を制定。
性売買を「性別不平等の究極の形」であり「女性への暴力」と定義しました。その結果、社会に「性をお金で買うのは犯罪であり、恥ずべきこと」という認識が定着しました。
■ ドイツ(2002年〜):
性売買を「職業」として完全合法化。
しかし結果は、市場の巨大化と人身売買の増加を招きました。現場の暴力が「仕事だから」「自己責任」として片付けられ、人権が埋没する土壌を作ってしまったといわれます。
■ そして日本:
江戸時代の遊郭、そして植民地政策の中でアジア全域へ広げた「公娼制」。女性の身体を国家や軍の「道具」として管理・利用してきた歴史が、今もなお「買う側の責任を問わない」日本の歪な構造に繋がっていることを痛感しました。
合法化が暴力を隠蔽し、買う側が加害の自覚を持たない社会を再生産し続ける…
この連鎖を断ち切るために、日本でも「買春処罰」と「包括的な脱性売買支援」をセットにした新しい法整備が急務であると改めて感じました。

