春一番が吹き、沈丁花の香りが漂う暖かな今日。大正時代に狛江に造られた料亭「玉翠園(ぎょくすいえん)」の跡地を訪ねました。
かつての面影を今に伝える「玉石垣」の前に集まり、ゆかりの方々から貴重なお話を伺うことができました。残念ながら、この石垣は間もなく撤去され、内水氾濫防止のための大規模ポンプ施設が建設される予定です。
⚫︎かつての風光明媚な姿
当時、ここは多くの人々が船遊びに訪れる、非常に美しい場所でした。
・狛江駅から続く道はかつての「六郷用水」で、大田区まで繋がっていたこと。
・あたり一面は田んぼが広がっていたこと。
・水車が周り、地元の人たちがお米を持ってきてついていたこと。
当時を知る方々の言葉から、かつての景色が鮮やかに蘇ります。
▼刻まれた歴史を後世へ
玉翠園は、戦時中に朝鮮から徴兵された方々の練兵場となり、戦後は「朝連学院」として使用されるなど、時代の荒波に揉まれた場所でもありました。こうした歴史は、これまであまり語られてきませんでした。設立者のひ孫様が語られた「加害の歴史も含めぜひ後世に伝えてほしい」という熱い想いが、深く心に響きました。
◆これからの狛江のために
現地での説明会を終え、伊豆美神社へ移動。「狛江に郷土資料館をつくる会」として、市への要望について活発な意見交換を行いました。
多角的な視点から多くの提案が飛び出し、非常に充実した時間となりました。

