全国フェミニスト議員連盟「サマーセミナー2026in多摩」のオプショナルツアー「平和基地バスツアー」に参加しました。
流血の砂川闘争を振り返り、立川米軍基地の返還の歴史を辿るツアーです。
マイクロバスでかつての基地の外周を回り、米軍基地内の農地を返還させた青木市五郎さんの畑へ(青線)。お孫さんである青木栄司さんにお話を伺うことができました。青木栄司さんは砂川闘争が始まった1955年生まれ。「土地に杭は打たれても心に杭は打たれない」と屈することなく抵抗したお母様の背中におぶわれていたそうです。
青木さんのお祖父様の丁稚奉公先では桑苗の商いをされていたそうで、農地を米軍基地として奪取された際、とにかく商売は「契約」だと国や米軍基地に通い詰め、土地の「賃貸契約」を結んだとのこと。この賃貸契約があったからこそ、後に裁判で土地を取り戻すことができたとおっしゃっていました。
米軍基地の返還後、周囲は現在自衛隊基地となっていますが、「土地を取り戻し、ここを全て農業公園にしたい」という青木栄司さんの強い思いに接し、「砂川闘争はまだ終わっていないのだ」と全身が震える思いでした。
添付地図の赤い枠の土地が、かつての在日米軍立川基地の滑走路拡張計画の場所です。農地と生活を守ろうとする地元住民を中心に、全国からの支援者や労働組合が加わり、機動隊との間で激しい衝突が起きた舞台でもあります。


