大変秀逸な、そして深く揺さぶられる作品でした。おそらく多くの人が生きる中で抱いてきたであろう疑問を、映画を通して2人の女性の実践と理論がつないでくれる。とても濃密な時間を過ごしました。
印象的だったのは、ステージⅣの癌患者で日本人の舞台演出家である森崎真理によって、施設のホワイトボードに描かれる「社会構造」の解説です。(うろ覚えなので間違っていたらすみません
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写真① 「今ここ」(資本主義)の縮小
システムを円滑に回すために「外部」を設定し、資源を吸い上げ、不都合な問題を押しつける。しかし、もはやその維持が困難になり、「今ここ」は縮小し続け、外部に置かれる人々が急増し続けているのが現状。
写真②資本主義、民主主義、自然のピラミッド
上の2つ(資本主義と民主主義)のきらびやかな生活は、一番下の「自然(外部)」を使い捨てにし、搾取し続けることでしか成り立たない。今や資本主義と民主主義の2つが同化し、「自分たち自身も資本主義の内部に囲い込まれた恩恵の受け手」「民主主義は恵まれた一部の人たちのもの」 という言葉は痛烈でした。
映画では、施設長マリー=ルーが理想のケアと言われる「ユマニチュード」を導入する中で、人手不足と「リスク管理」に追われる現場との衝突がリアルに描かれています。
「効率第一の資本主義システムが、人間を人間として扱うことを阻害している」という濱口監督の言葉は、恐らく介護の現場だけでなく、映画界や教育現場、あるいはあらゆる労働環境に共通する課題ではないでしょうか。
私自身、2年前に福岡市で「ユマニチュード」の取り組みを視察したこともあり、非常に強い関心を持っていました。それだけに、現場における「管理と個の尊重」のジレンマ、そして民主主義が資本主義に依存し、実質的な対話や理想が機能しているのは豊かな「都市部」だけに留まっているという構造的な現状を、改めて突きつけられた思いです。
原作者の1人である宮野真生子さん(福岡大学人文学部准教授)は、がんの転移を経験しながら、自らの死生観や「偶然性」の哲学を最期まで発信し続け、2019年に42歳で急逝されました。劇中、死の影(偶然性)に怯えながら生きる人間として発せられた、「自分が今、どこに立っているのかを正確に知りたい」という言葉。これは、私自身が社会の傍観者ではなく、「変えるべき当事者」として自らの足場を捉え直した経験とも強く重なりました。

